旅行・地域

2012年4月13日 (金)

船上の数独先生

最近、世界中のクルーズ客船で流行しているものに数独があります。

3×3のブロックに区切られた9×9の正方形の枠内に1から9までの数字を入れるペンシルパズルの一つです。

多くの外国の客船でもDaily Sudokuとして、図書室やラウンジで日替わりの数独が配布され、プールサイドなど船内のあちこちで、なぞ解きに挑戦している乗客を見かけます。

また、船によっては数独早解き大会が行われ、メダルがもらえる場合もあります。 

ほとんど一人旅で客船の取材に出る私にとっても、数独は空き時間を潰す絶好のパズル。

毎日のように貰ってきては、ちょっと時間のあいた時に挑戦しています。 

ところで、3月12日、世界一周クルーズの途中で長崎にやってきたサガルビーは1973年に就航した歴史ある客船。しかも、乗客になれるのは45歳以上という、世界的にもめずらしい年齢制限のある客船です。

 

2012年のサガルビー世界一周クルーズは、英国サウサンプトン発着の114日間で38の港を巡るコース。その長崎→済州島→天津→上海→宮古島間に乗船すると、船内は大人の中の大人ばかり。優雅で落ち着いた雰囲気は、陸の慌ただしさを忘れさせてくれました。 

そして、サガルビーでも数独は大人気。毎朝8時にサウスケープバーのピアノの上に日替わりの数独が置かれるのですが、9時半ごろにはもう1枚もなくなるほどでした。

 

ある日、図書館で数独を解いていると、「私はもう今朝の数独はできたわ」と言いながら、80歳代の英国人女性客が対面の席に座りました。しかし、その日の数独は、私にとっては、なかなかの難問。5分たっても解けません。 

すると

「ちょっと見せてごらんなさい」と、

バッグから自分が解いたばかりの正解を取り出し、2枚を比べながら、

「ここまでは合っている。もう少しだから頑張って!」。

そして、その10分後、私が

「数独先生、私もやっと出来上がりました」と言うと、

彼女は、もう一度バッグから自分の数独をとり出し答え合わせを開始。

最後に「10分の10」と点数まで付けてくれました。 

それ以降、毎朝のように数独先生と私は、約20~30分間を図書室で共に過ごし、出来上がった数独の採点をしてもらうのが、日課になりました。また、彼女の友人も沢山紹介してくれ、船上の知り合いの輪が広がってゆきました。

そして、そこにはいつも笑顔がありました。

現在、海外は10万総トンを超える巨大客船が主流ですが、サガルビーの大きさは24492総トン。対照的な小型客船の部類に入ります。そして、隅々まで目の行き届いたサービスに加え、乗客同士の距離感の近さや、船上の出会いの多さもスモールシップならではの魅力といえるでしょう。

いいよいよ4月30日に、サガルビーは世界一周を果たし英国サウサンプトンへ帰ります。数独先生はじめ数日間共に過ごした方々の安全航海を祈るばかりです。

尚、WRBサライにサガルビーの記事を書いていますのでぜひご覧ください。

http://www.webserai.jp/2012/04/Photo


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2011年12月23日 (金)

ダンスチャンピオンが像の前で結婚式

11月16日からクリスタルセレニティの12日間地中海クルーズに乗船しました。

このクルーズにはダンス教室の講師として南アフリカのラテンダンスチャンピオンであるリーズル&マーク・ブライス組が乗っていました。彼らは、夜のショーでトッププロらしい華やかなダンスパフォーマンスを披露。昼間は無料でチャンピオンが直々に教えてくれるダンス教室も開かれました。リーズル&マーク組は20代の若いカップルですが、教え方もとても丁寧で、12日間のクルーズでチャチャチャやフォックストロットなどを習いました。

 

また、希望すれば有料で(45分100米ドル、30分75米ドル)プライベートレッスンも行っていました。そこで、30分のプライベートレッスンを申し込みました。希望種目はキューバンルンバ。

マーク先生の「なぜルンバを選んだのですか?」という問いに

「私は大学生時代に社交ダンス部に所属し、競技会に出たこともあったのですが、それは遥か昔の話。悲しいことにステップはほとんど忘れてしまいました。でも当時から一番ルンバが好きだったのでステップを思い出したいのです」と答えると、「よくわかりました、それでは大学時代に戻りましょう」といって、

まず一曲を通しで踊りました。

そして「大変良いですが,後退の時にもっと粘りを出すとさらに良くなりますよ」など、こまごました、コツや新しいステップを教えてくれました。チャンピオンといっても威張ることない優しい教え方で、たった30分のレッスンでしたが、とても有意義なものとなりました。

 

そして、レッスン終了後にマーク先生は「実はリーズルと私は12月に結婚するのです」と嬉しそうに話してくれました。

 

昨日、嬉しいメールがリーズル先生とマーク先生から届きました。内容は、12月17日に行われた結婚式の報告とその写真が20点。

 

驚いたことに、結婚式場は草原で、像の前で撮った写真や、ブッシュの中の写真などユニークなものばかり。しかし真っ白なウエディングドレスと緑の草原が相まって何とも素敵な光景。南アフリカ出身で若く活発なカップルにぴったりの野性的な結婚式の模様が伝わってきました。

 

クルーズの良いところは、船上で出会った人々と船を降りた後も喜びを分かち合えること。

ダンスチャンピオンから幸せのおすそわけをもらったようなハッピーな気分になりました。

リーズル先生とマーク先生の末永いお幸せを祈ります。

 

尚、WEBサライにクリスタルセレニティの記事を書いていますのでぜひご覧ください。

http://www.webserai.jp/2011/12/post-a251.html

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2011年12月15日 (木)

2011 クルーズオブザイヤー授賞式

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12月14日、海運ビルにおいて「2011年クルーズオブザイヤー」の授賞式が開催されました。

 

 

 

今年のグランプリは「飛鳥Ⅱ 2011年世界一周クルーズ」。授賞理由は、中東各地の政情不安、アデン湾周辺の海賊対策によるコース変更、東日本大震災など出発直前に不運が重なったにもかかわらず、募集人員の7割以上を集客し、成功させたこと。さらに飛鳥クルーズ20周年記念として企画し、初代飛鳥(現アマデア)を利用したキール運河通航、ストックホルム市庁舎でのノーベルディナー再現等、集大成にふさわしい世界一周クルーズを成し遂げたことがあげられました。

 

 

 

私は1996年に行われた初代飛鳥の初の世界一周クルーズに3区間乗船しましたが、それから15年連続で世界一周クルーズを実現した飛鳥クルーズのパワーには目をみはるばかりです。

 

 

 

特別賞の1つには「ふじ丸チャーターによる東日本大震災被災者支援活動」が選ばれました。これは4月に商船三井がふじ丸をチャーターし、大船渡港、釜石港、宮古港において行われた支援活動に対するもので、新鮮な野菜を中心とした食事の提供のほか、大浴場での入浴、客室利用、映画上映、船舶公衆電話の無料開放、携帯電話の提供などの被災者の方々へのデイユースサービスを行ったことが授賞理由でした。挨拶に立ったふじ丸の菅船長は「こちらが『どうぞゆっくりしていってください』と声を発する前に、被災者の方々は『ありがとうございます』と言いながらタラップを昇っていらっしゃいました。着の身着のままの方もいらっしゃいましたが、極限の状態でも礼儀正しく謙虚な姿に胸がいっぱいになりました」と語り、その時に被災者の方から頂いた感謝の寄せ書きは、懇親会の会場に貼りだされました。

 

 

 

そして、クルーズの似合う夫婦に送られるベスト・クルーズカップルオブザイヤー2011に選ばれたのは、中尾彬、池波志乃夫妻でした。

 

中尾彬さんは

 

「船旅には夢があると思います。この賞をいただき、二人で船に乗っている姿がイメージできるようになりました。ぜひ近い将来クルーズに出かけたいものです」

 

池波志乃さんは

 

「釣り船にはしょっちゅう乗っていますが本格的なクルーズはまだ未体験。手始めに、横浜から沖縄へ行くクルーズなどに乗ってみたいですね」と喜びのスピーチ。

 

 

 

2011年は厳しい状態が続きましたが、その中で下記のクルーズがクルーズオブザイヤーを受賞しました。

 

 

 

○グランプリ 1点

 

「飛鳥Ⅱ 2011年 世界一周クルーズ」

郵船クルーズ株式会社

 

 

優秀賞 3点

 

「チャーター企画 『ふじ丸』で航く 初夏と秋の日本一周クルーズ」

株式会社読売旅行 クルーズ部

 

 

 

「にっぽん丸で航く 世界自然遺産推薦地『小笠原』クルーズ」

株式会社PTS クルーズ&レジェー事業部

 

 

 

「コスタクラシカで行く アジアクルーズ済州島・上海クルーズ5日間」

株式会社エイチ・アイ・エス 九州・中国営業本部

 

 

特別賞 3点

 

「ぱしふぃっくびいなすで行く青森港発着利尻・礼文 チャータークルーズ 4日間」

株式会社 JTB 東北

 

 

 

「ぱしふぃっくびいなすで行く!屋久島チャータークルーズ3日」

沖縄ツーリスト株式会社 企画本部

 

 

 

「『ふじ丸』チャーターによる東日本大震災被災者支援活動」

株式会社商船三井 ふじ丸乗組員一同

ベスト・クルーズカップルオブザイヤー2011年

中尾彬・池波志乃夫妻

 

 

 

受章された方々にお祝いを申し上げると共に、2012年は、ぜひ平穏な年となることを祈るばかりです。

 

 

 

2011年8月11日 (木)

イタリア最大の客船誕生

A13 海外は新造船ブームですが、7月4日イタリア最大の客船コスタ・ファボローザ(COSTA FAVOLOSA 114500総トン)が就航しました。

それに先駆け、7月2日、イタリアのトリエステでこの船に名前を授ける命名式が行われました。ゴッドマザーはイタリアの女優マルガレッテ・マデさん。NHK海外ドラマでも放送されたドラマ「ソフィアローレン母の愛」では、若き日のソフィアローレン役を務めた女優です。

イタリアらしく命名式の開始は23時。その前に開かれた祝いの晩餐会は、イタリアを代表する2人のミシュランの星を持つ料理人が料理を担当。イタリアの代表的料理尽くしの華やかな晩餐会になりました。

命名式会場は、トリエステのウニタ広場。式典はピアノやバレエなど5部のショー形式で進行し、特に人々を驚かせたのは、数十個の白い風船にぶら下がり舞い踊るエアリアルサーカス。幻想的な空中遊泳はFAVOLOSA(おとぎ話)という名前にふさわしい演出でした。

やがて、本日のハイライトゴッドマザーの命名宣言です。マデさんは「この船をコスタ・ファボローザと名付けます。神よお守りください」と宣言し、小型の手斧でロープを裁ち切ると、結ばれていたシャンパンが船体に当たり見事に砕け散りました。このように名前を授けられ産声を上げたイタリア最大客船は、水の都ベニス発着のクルーズを行います。

2011年6月 8日 (水)

石川遼選手が語る全米オープンの目標

2011年全米オープンゴルフに出場するプロゴルファーの石川遼選手が、6月7日、

日本外国特派員協会の昼食会見に招かれました。

私もこの協会の会員なので出席しましたが、外国人記者を始め約300人が集まりました

ローストビーフとサラダのランチの後、石川選手は早速英語で挨拶。

会見が始まると、私は石川選手が今度の全米オープンに設定している目標について質問しました。

答えは「まず、出場できてホッとしています。しかし、ぎりぎりの滑り込みで、どれだけ叩きのめされて帰ってくるのかという思いもあります。目標は、いつかは全米オープンで優勝したいという夢があるので、そこに一歩、二歩と近付けるプレー。決して『良い経験でよかった』だけに終わらず『勝つためにはこれが必要』ということまで理解し、肌で感じられるように、上位を目指して頑張ります」と、とても丁寧に答えてくれました。

外国人記者からの最近の2週連続予選落ちについての質問には

「この質問が出なければおかしいと思っていました」と切り出し、会場を沸かせました。さらに不調の原因は「グリーン周りのミス。アプローチとパットに精彩を欠き、入れようとするとカップが遠のいていく悪いサークルに入ってしまったようです。しかし、現在は原因をつかみ、調整はうまくいっていると思います。今年を振り返った時、『不調な2週もあったなあ』と思えるよう、今後の結果を出したいです」と答えました。

プレッシャーに関する問には「この質問は、度々海外で聞かれましたが、いままで、プレッシャーを感じたことはありません。ギャラリーやスポンサーの応援はプレッシャーではなく、その応援にこたえるのがプロの仕事だと思います」。

そして、7月には選手会の一員として被災地を訪ねる計画があることを発表。「正直、自分に何ができるのかという思いはあります。しかし、ゴルフからマナーやエチケット、気配りを教わりました。その思いを持ちゴルフを通して恩返しができれば・・・」と続けると会場から拍手が起こりました。

約2時間の長い会見でしたが、ひとつひとつきちんと受け止め、自分の言葉で語る石川選手の姿勢には感心するばかり。19歳の石川選手に心から尊敬の念を持ちました。

いよいよ来週開幕する全米オープンゴルフ。石川遼選手の活躍をお祈りします!!!

今回はクルーズの話ではありませんが、以前、私はゴルフ雑誌に連載記事を2年間書いていたことがあります。

そして、あまりにも石川選手の会見が素晴らしかったので、それをお知らせしたくて、このような内容になりました。

いよいよ6月末には、私も新造客船コスタファボローザ命名式のため、イタリアに出発します。また、クルーズの新情報をお届けします。Photo

2011年5月17日 (火)

レジェンドオブザシーズのアジアクルーズ

シンガポール発着のレジェンドオブザシーズ・アジアクルーズから戻ってきました。

私がこの船に最初に乗ったのは、就航年の1995年。生まれて間もないレジェンドオブザシーズのアラスカクルーズでした。

夜のケチカンの港で、ガラスを多用した船体が光り輝き、居並ぶ多数の客船の中でも群を抜いた美しさが印象的でした。

今回、レジェンドオブザシーズのマスターであるライアン船長にインタビューするため、ブリッジを訪れたとき、最初のアラスカクルーズでの懐かしい思い出がよみがえりました。

その当時、アラスカクルーズの船長はスウエ―デン出身のキャプテン・ワイルディング。

独身でハンサムなことから、女性客に人気のある船長さんでした。

このとき、キャプテンズテーブルに招待されたのですが、驚いたことに夕食前にアペリティフを飲みながら招待客同士が顔合わせをするプレディナーカクテルの場がなんと船の操舵室(ブリッジ)だったのです。

招待状に従い、キャプテンズテーブルのゲストたちは皆ドレスアップし、女性陣はイブニングドレスでエレベーター前に集合。ブリッジにあがってゆくと、ちょうど船は自然の宝庫インサイドパっセージを航行中でした。ブリッジにはアラスカの講師が待機し、双眼鏡で野生動物等を捜しながら船内放送でフィヨルド解説の真最中。アラスカ講師が「船長左舷側にクロクマがいます」と声をかけると、船長が左舷のウイング(離着岸の時などに使う操船装置が置かれた張り出し部分)に走り、できるだけ船を陸に近付け、「船長、右に白頭鷲を発見」と言われれば、再び船長が右のウイングに走って移動し、乗客に少しでもよい景色をみせようと奮闘する姿に敬服しました。

そして、ワイルディング船長は「今、こんな状態なので皆様とはゆっくり夕食の席でお話しさせていただきますが、ぜひブリッジでの眺望とカクテルもお楽しみください」と招待客への気配りも忘れませんでした。

その結果、アラスカで大自然の絶景を眺めながら、ブリッジでシャンパンとカナッペを楽しむという、素敵な体験をすることができました。そして、このときの船長テーブルの写真は、私の2つ目の著書「世界のロマンチッククルーズ」に掲載されています。

さて、今回インタビューが終わり、ブリッジを見まわすと「ああ。ここがあの時の場所だ」と懐かしさがわき、ライアン船長にこの思い出話を語りました。すると

「ワイルディング船長は、数年前に引退されました。ところで、もしよければ明日の早朝シンガポール港に船を着けるところを見にきませんか。御望みならシャンパンも用意しますよ」という嬉しい船長からの御招待。「ありがとうございます。ぜひ伺います。ただし早朝なのでシャンパンは辞退します」と答えました。

そして翌朝午前6時20分にブリッジを訪れると、ウイングに立ちシンガポール着岸の様子をじっくり見せてもらいました。最近の新造船で主流の屋内型のものとは異なり、屋外のウイングは自然の風を肌で感じることができます。そして、現代的なアジポッドとは異なる伝統的な推進システムにより、タグボートの力も借りながら、人と船と港が一体となって着岸させるシーンは感動的でもありました。

レジェンドオブザシーズを無事につけるとライアン船長は

「これで、我が家へ帰りました。ほら、ちょうどロープウエイも始まったようです」と指をさしました。見上げると、シンガポール本土とセントーサ島を結ぶロープウエイの今日の一番機が頭上を通過するところ。それはまるで、レジェンドオブザシーズに「お帰りなさい」の挨拶をしに来たような光景でした。

尚、WEBサライにレジェンドオブザシーズのアジアクルーズの記事を掲載していますので、ぜひご覧ください。

http://www.webserai.jp/2011/05/post-b5bb.html

(写真はレジェンドオブザシーズ ライアン船長)Photo

2011年5月12日 (木)

祝 飛鳥 飛鳥Ⅱ 就航20周年

Asuka2 飛鳥Ⅱが世界一周クルーズに出発しました。丁度、飛鳥クルーズ就航20周年に当たる今年の世界一周は、寄港地のストックホルムでノーベル賞授賞晩餐会の会場として有名な市庁舎の「青の間」において、ノーベル賞の晩餐会と同じスタイルのディナーで20周年を祝うなど数々の楽しそうなイベントが予定されています。

ところで、飛鳥および飛鳥Ⅱの乗船者の会員制クラブであるアスカクラブの会報誌『飛鳥』の春号に、私がインタビューされた記事が掲載されました。収録は今年の一月に乗船した飛鳥ⅡのA-Style 冬彩(ふゆいろ)クルーズの船上。テーマは就航20周年を振り返ってというものでしたが、飛鳥や飛鳥Ⅱの前身だったクリスタルハーモニーの思い出がまざまざとよみがえり、話は尽きず、ライターさんから「上田さん、記事は2ページですが、もう5ページ分以上の話を聞かせていただきましたので十分です」と言われたほどでした。

インタビューを受けるに当たり、これまで取材した色々な資料を読み返しましたが、初代飛鳥がドイツの会社に移り、アマデアという新しい名前を授かる命名式に出席したことも大きな思い出の一つでした。その時の船内見学で、かつて取り付けられていた船名表示の飛鳥の文字プレートや、図書室の貸し出しノートが船内の装飾品として飾られていたことに驚きました。そして案内してくれたドイツ人のクルーズディレクターが「私たちは飛鳥という船の伝統を大切にしたい。その思いがこのデコレーションにもあらわされているのです」という言葉に感激しました。

さらに数ヵ月後、かつて客船ハンブルグの機関長をしていたドイツの古い友人から「この間、アマデアの就航披露パーティーに行ってきましたが、この船の前身は日本のASUKAというクルーズシップだったと聞きました。家に帰りあなたの書いた書籍『世界のロマンチッククルーズ』で調べたら、確かにそうだとわかりました。この船は日本とドイツを結ぶ懸け橋ですね」という手紙が届き、異国の地でも初代飛鳥が温かく受け入れられ、期待されていると思うと胸がいっぱいになりました。

そして、今年の飛鳥Ⅱの世界一周では、就航20周年記企画として、アムステルダム~ワルネミュンデ間で、今はアマデアとなった初代飛鳥に乗りキール運河を通航する2泊3日のオプショナルツアーも計画されているそうです。

十年ひと昔と言いますが、ふた昔の長きにわたり頑張ってきた初代飛鳥と飛鳥Ⅱに心より20周年のお祝いを申し上げます。

2011年2月 1日 (火)

世界最大客船アリュールオブザシーズの隠れ新名物

新しい世界最大客船アリュールオブザシーズ(ALLURE OF THE SEAS 22万5282総トン) が誕生しました。

この船には新しい、施設やショーが目白押し。有名なものはドリームワークスと提携した「シュレック」「カンフーパンダ」などのキャラクターが登場するショーやブラジル料理レストランなどですが、披露クルーズでは、アリュールオブザシーズのホテル部門統括責任者リサ・バウアー上級副社長の案内で、この船ならではの、いわば隠れた新設備や新名物を見て回りました。

彼女が最初に紹介してくれたのはロイヤルエクスプレスキオスクという画期的なマシーン。フロントの前にあり、自身の会計の確認やスケジュールの管理に加え、船上でエアラインのチェックインができ、ボーディングパスまで印刷できる大変便利な機械でした。

次は、世界で初めて船の上に開店したスターバックス船上第一号店。日本でも「スタバ」としてお馴染みのカフェですが、80時間以上トレーニングを積んだバリスタを揃え、料金は陸上とほぼ同じだそうです。

世界的に有名なポップアートの重鎮ロメロ・ブリットのギャラリーも新しくオープンしました。彼の作品はカラフルな色彩が特徴で、コレクターにはアーノルド・シュワルツネッガー、マイケル・ジョーダンなどの著名人も多いそうです。ギャラリーを訪れると、ロメロ・ブリット氏本人が迎えてくれ、画集にサインをし、プレゼントしてくれました。新ギャラリーの隠れ名物は、ロメロがこの船の会社ロイヤルカリビアンためにデザインした熊の置物です。

そして、最後に訪れたのはセントラルパークにある洒落たワインバー・ビンテージでした。同じワインバーは姉妹船オアシスオブザシーズにもありましたが、このバーの隠れた新名物はiPadのメニュー。ワインリストからタパスのメニューまで、フィンガータッチで見ることができます。

世界一大きい客船は娯楽が豊富なうえに、華やかな施設が多いので、つい見落としてしまいそうな新設備もありますが、アリュールオブザシーズに乗船したらぜひご覧になってはいかがでしょうか。一段と新しいクルーズライフが広がるかもしれません。(写真は作品にサインをするロメロ・ブリット氏)

尚、WEBサライにアリュールオブザシーズに関する記事を掲載しています。ぜひご覧ください。http://www.webserai.jp/2010/12/post-981e.html#more

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2010年11月18日 (木)

初代客船クイーンエリザベスの女王魂

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今回3泊過ごした新クイーンエリザベスの船内は さすがに170年の伝統を誇るキュナードラインならではの仕上がりでした。歴史を飾った客船たちの絵画やモデルシップなどが陳列され、マリタイムミュージアムのような趣がありました。

とりわけ、興味をひかれたのが初代クイーンエリザベスの絵画やモデルシップでした。

なぜなら、この船は私に「女王魂」という言葉を教えてくれた忘れられない存在だからです。

初代クイーンエリザベスは1940年、当時の世界最大客船として就航し、第二次世界大戦後は、大西洋航路の女王として活躍しました。

しかし、その後、航空機時代の幕開けにより、大西洋横断の主役は旅客飛行機となっていったのです。

振り返れば当時は客船の過渡期であり、多くのオーシャンライナーたちが、退役やクルーズ船への転身を余儀なくされた時代でもありました。

クイーンエリザベスもその一つと言えるでしょう。この船は、1968年引退しキュナードラインから離れました。そして、数年後、転売されシーワイズユニバーシティーと名前を変えて、新しい道を歩むべく、香港で改装されることになりました。

ところが、改装中に、原因不明の火事で全焼してしまったのです。

それは忘れもしない、1972年1月のことでした。

この事件は私にとっても大ショック!!!

なぜなら、両親は、私を連れてこの船に乗るために、すでに予約を入れていたからです。

憧れの世界最大客船での海外旅行が、突如目の前から消え失せ、意気消沈したことは言うまでもありません。

さらに衝撃的だったことは

「クイーンエリザベスは女王ではない名前の船になることを拒んだのだ」

「クイーンエリザベスは女王魂と誇りを持ち続けたまま生涯を閉じたのだ」

という風評でした。

このことを通して私は「客船には魂があるのかもしれない」と思うようになりました。そして、人間のように生き様を持つ存在として客船に深く興味を持つようにもなりました。

このことは、私がクルーズライターという仕事に就いた根源の1つでもあります。

そんな経緯もあり、本年10月、初代から数えると3代目に当たる新クイーンエリザベスの誕生に立ち会えたことは感無量でした。

新しい海の女王クイーンエリザベスが、大勢の乗客の笑顔と幸福を載せ、安全航海を続けながら、クイーンとしての好運な長寿を全うすることを祈るばかりです。

尚、客船新クイーンエリザベスについてWEBサライに記事を掲載していますのでぜひご覧ください。

http://www.webserai.jp/2010/10/post-b977.html#more

2010年11月16日 (火)

新クイーンエリザベスとカルショットの2ショット

Qecalshot_2 クイーンエリザベスの命名式から一夜明け、10月12日に私は船を降りました。

そして、船体写真を撮るためにハイスフェリーに乗りました。

実は、10月8日にもクイーンエリザベスの写真を撮るためにこのフェリーに乗り、3往復しましたが、その時は隣に大きなコンテナ船が泊っていました。

ところが、12日は天気も良く、他に大きな船もいないので、船体撮影にはもってこいの日より。

ハイスフェリーの船長さんがたびたび乗船しては写真を撮っている私の事情を知ると、興味深い話を聞かせてくれました。

それは、クイーンエリザベスの傍に係留されているカルショットという船にまつわるものでした。この船はテンダータグボートとして、1930年に生まれ、初代のクイーンメリーやクイーンエリザベスなどの豪華客船の乗客を運ぶテンダーとして活躍し、時には離岸着岸を助けるタグボートとしても力を発揮したそうです。

現役時代は大勢の有名人、富豪、銀幕スターを船から港まで運び、第二次世界大戦では徴用された初代のクイーンメリーやクイーンエリザベスの支援をしてきたカルショットもついに1986年に引退しました。

しかし、長年にわたる功績が認められナショナルヒストリックシップのリストにも名を連ね、サウサンプトン港の歴史を物語る存在としてバース42に保存されています。

2隻が並んでいる姿は伝統の港サウサンプトンならではの光景です。そして、桟橋の番人のように佇むカルショットは、若かりし頃に仕えた初代クイーンエリザベスの孫娘に当たる新クイーンエリザベスの誕生を優しく見守っているようにも見えました。

新クイーンエリザベスが処女航海に旅立つ時には、海員学校の生徒などがカルショットの上でレセプションを開き、盛大に見送ったというニュースも入ってきました。

この写真は新クイーンエリザベスとカルショットの2ショットです。

これこそ、歴史ある船と港の共演と言えるでしょう。

尚、新クイーンエリザベスに関する記事をWEBサライに掲載していますので、ぜひご覧ください。

http://www.webserai.jp/2010/10/post-b977.html#more

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